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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)37号 判決

一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由の有無について順次検討する。

1 取消事由(1)について

本件特許にかかる特許無効審決と訂正審決の内容が原告主張のとおりであることは前叙のとおり当事者間に争いがない。しかしながら、本来特許無効審判請求に対する審判手続と訂正審判請求に対する審判手続とは別個の手続であるから、その判断は別個にされるべきであつて、仮に双方の判断内容が矛盾するとしてもそのことから直ちに訂正審決が手続的に違法となる根拠はない。したがつて、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。

2 取消事由(2)について

前記当事者間に争いのない審決の理由の要点及び成立に争いのない甲第一九号証によれば、審決には、第三引用例の接触部分の機能につき、「第五引用例の二二四頁~二二五頁における第八・四一図、第八・四二図の鋼索の場合に類似した状態とみるのが相当であり、」と記載されていることが認められる。しかし、成立に争いのない甲第九号証(第五引用例)の二二四頁~二二五頁の記載に照らせば、右の第八・四一図は誤記であり、審決は右の第八・四二図の鋼索の場合に類似した状態とみるのが相当であると判断したものであることが明らかであるから、審決に理由齟齬は認められない。したがつて、原告の取消事由(2)の主張は採用できない。

3 取消事由(3)について

(一) 本件訂正後発明の構成要件中の架台とこの架台に回転自在に取付けられた延線輪と該延線輪に適当回数巻付けられた無端チエーンとよりなる延線装置(以下「シユーチエーン式延線装置」という。)が第一引用例及び第二引用例に開示されていることは当事者間に争いがない。

(二) 前記当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲(訂正後)2項及び成立に争いのない甲第二二号証(本件発明に対する特許審判請求公告)によれば、本件訂正後発明は、送電線の延線装置に関するもので、「架空送電線の架線に当つては、……架線すべき送電線が地面或は樹木に接触して表面が損傷するのを防止するために、さらには送電線の急激な流れ込みを防止する目的で送電線に適当な張力を与えるために……延線装置が設置される」(甲第二二号証二頁左欄五行~一二行)こと、従来の「延線装置の一つに無端チエーンを使用した一輪型延線車があ」(同二頁左欄一三行~一四行)り、その「無端チエーンに設けられる溝は通常浅い円形であ」(同右欄三〇行~三一行)り、「無端チエーンに送電線を四~六回巻付け、送電線と無端チエーンの係合を十分にすることにより、送電線の流れ込みを防止していた」(同右欄三六行~四一行)ものであること、そのため従来装置は、「一時に二本の送電線を延線しようとする時は二台の延線装置が必要にな」(同左欄三〇行~三二行)り、「送電線が延線される場所は主に山間部であり、重量の大きい延線車を山間部まで運搬することは容易でな」(同左欄三三行~三五行)く、「複数台の延線装置を同時に使用する場合に、それぞれの延線速度を等速度に調整することが必要にな」(同左欄三六行~三八行)り、「従来の延線装置を使用しても、複数本の送電線を一つの無端チエーン周上に四~六回巻付けて延線することは可能であるが、延線輪に巻付けられる無端チエーンの巻付回数が大となり、その結果延線装置の構造が大きくなつて実用上種々の障害が生」(同二頁右欄四二行~三頁三行)ずること、本件訂正後発明は、これらの技術課題を解決することを目的とし、前記当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲(訂正後)2項の構成特に、送電線との摩擦係数を大きくとるために無端チエーンの溝の形状を耐摩耗性弾性物質よりなるV字状に形成することにより、(a)「送電線の巻付回数を一~二回に減らすことができ、よつて延線装置の構造をコンパクトにし得、しかも送電線にきずをつけるおそれもなくな」(同三頁左欄一〇行~一四行)り、また、(b)「一台の延線装置に複数本の送電線を巻回することを可能にし、よつて同時に複数本の送電線の延線ができるようにし……送電線間の速度調整も不要とな」(同左欄五行~一〇行)るという作用効果を奏するものであることが認められる。

(三) 一方、成立に争いのない甲第五号証(第三引用例明細書)によれば、第三引用発明は、「ケーブル延線装置に関するものでより詳しくは電力配線システムにおける送電線を延線するための装置」(甲第五号証訳文一頁下から八行~六行)に関するもので、第三引用例明細書には、その発明の目的について、「私が熟知している先行技術の延線輪は、その周囲に複数の溝を持つていて、送電線はそのようなホイルに数回巻かれる。これらの数回巻きにより摩擦力を増加させ、その結果、送電線が保持され、設置時又は撤去時に適当に大きな摩擦力がかかる。送電線の複数巻きを使う際の問題点は、各巻きが金属(通常、アルミニウム)を冷間加工してしまうということである。送電線の曲げと伸びが大きければ大きい程、細い又は大きい疲労亀裂が生じ易くなり、撚線が切断されることになる。さらに先行技術の延線輪はU型の溝を持つているが、この形状は中に挿入された送電線をほぼ楕円形に平たくしてしまう。この結果、送電線の上部の素線に、より大きな応力がかかり、より多量の冷間加工が施される。上記の冷間加工に加えて、従来型の装置は、送電線が繰り出されるか又は巻き取られるときに、延線輪と恒久的支持構造物との間に吊り下げられた送電線に害になるほどの振れを生じさせる。さらに、先行技術の機械は重くて経済的ではなく、取扱いもやや困難である。……私の発明の一般的な目的は、上述した先行技術の装置の欠点を取り除いた送電線延線装置を提供することにある。」(同二頁二行~三頁四行)との記載が、延線輪の構成及び機能について、「第八図は、延線輪にとつて望ましい溝の形状の断面図である。そして、第九図は、挿入された送電線に大きな引張荷重を加えたときの溝の変形を示すための、第八図の溝の断面図である。」(同四頁一二行~一五行)、「延線輪は支持板一九の面にほぼ平行かつ離れたV字状かつ周状の溝一〇五を有している。第二図に示すように溝一〇五は好ましくはリング状の弾性材料で形成されており、延線輪一〇三の周りに固定されている。」(同八頁三行~六行)、「V字状溝は次の二つの重要な機能を有する。(1)冷間加工の減少により、疲労亀裂の発生を減少させる。そして、(2)単一の溝よりなる延線輪の使用が可能となり、さらに冷間加工が減少する。従来のU字状溝は送電線をほぼ楕円形に平たくしてしまい、特に溝と送電線の直径が異なつているときにこの傾向は著しい。このことは、送電線の外側の素線ほど、それが回転する直径を減ずることによつて、より高い応力がかかるという問題を生む。私はV字状溝を使用することにより、送電線の断面形がほぼ丸型に保たれるか、又は長軸を延線輪の半径方向とし、外側がより大きく脹らむタマゴ形状になることを発見した。従つて、送電線は平らにはならないし、U字状溝のように外側の素線が高い応力を受けることもない。この結果、私は冷間加工の量を減らし、それに伴う疲労の問題を減少させることに成功した。私は、V字状溝を延線輪の周囲の溝であつて、その断面において延線輪の回転軸に集中する壁をもつたものであると定義する。この溝は、一般に応力が軽減されたときに送電線との間に隙間を有するような底形状を有している。」(同八頁九行~九頁七行)、「典型的な延線輪の弾性材料は、横断面が約四インチ×四インチである。満足のいくV字状溝は、約四〇度~六〇度の範囲の開度を有し、材料はデユロメータ硬度が六〇~八〇の範囲にあるゴムと等価の性質を有するものである(勿論、ゴムを含む。)。」(同九頁下から七行~四行)、「送電線と延線輪の間の摩擦力は、上述したタイプの弾性材料のV字状溝を用いることによつて驚くほど増大する。」(同一〇頁七行~八行)、「第九図に示されているように、ゴムは送電線一八九の張力が増すに従つて、送電線一八九の周囲に流れる。大きな張力が使用されるときは、送電線の周囲の約七五%がゴムで覆われる。この特徴により摩擦力が非常に増大する。」(同一〇頁一五行~一八行)との記載及び延線輪の溝の形状が第二図、第八図及び第九図に示されている(別紙図面(一)参照)こと、その作用効果について、「上述より、私の発明が公知の送電線延線装置の欠点を除去していることは明らかである。私の装置が軽量で、操作が容易で、経済的であることは明らかである。特に私は送電線延線輪の複数の巻き又は回転の必要性を除去した装置を提供し、それによつて送電線の冷間加工とそれに伴う疲労の問題を軽減した。さらに、私の溝の構造は送電線の断面が平らになるのを防ぐことによつて、さらに冷間加工の量を減らしている。さらに、弾性材料で作られた溝の採用によつて、送電線と延線輪との間の摩擦力が増大し、装置の引張能力が増大した。」(同二二頁六行~一五行)との記載があることが認められる。

第三引用例明細書の右記載及び図面並びに当事者間に争いのない審決認定の第三引用例の記載事項とによれば、第三引用発明は、送電線用延線装置に関するもので、先行技術の延線装置は送電線を延線輪に数回巻き付ける必要がありそのため送電線の疲労亀裂等のきずが生じやすくなり、また、先行技術の装置は重くて経済的ではなく取扱いもやや困難であつたので、これらの欠点を取り除くことを目的としていること、延線輪の送電線に対する摩擦力を増大させるために弾性材料によるV字状溝を形成したこと、その弾性材料は送電線に張力を与えるものであること、したがつて耐摩耗性の物質であると推認できること、その作用効果は、摩擦力の増大によつて送電線の複数回巻きの必要性をなくし、周囲に一本の溝をもつた単一の延線輪によつて送電線を保持することを可能にし、その結果従来の装置に比べて軽量となり取扱い易くなり、送電線の巻き回数の減少により送電線の疲労破壊等のきずを生じにくくしたものであることが認められる。

(四) 被告らは、第三引用発明の延線装置が対象としているのは絶縁被覆のある電気ケーブルであつて送電線ではない旨主張するが、第三引用例明細書には第三引用発明の対象とする送電線が絶縁被覆のある電気ケーブルである旨の明示の記載はなく、第三引用発明の延線装置により送電線の延線が不可能であることを示す証拠もない。被告らの指摘する第三引用例の図面の第三ないし第五図は一実施例にしかすぎないから、右図の記載をもつて被告らの右主張の根拠とするには足りない。したがつて、被告らの右主張は採用できない。

また、被告らは第三引用発明の延線輪の溝は埋没型であつてV字状溝ではない旨主張するが、第三引用例の図面の第二、第八、第九図にはV字状の溝が記載されているうえ、前記のとおり第三引用例明細書にはV字状溝と明示されており、また前叙のとおり、V字状溝を形成した目的、効果は、送電線と延線輪との間の摩擦力の増大にあり、これは前叙の本件訂正後発明のV字状溝と同じであり、これらの事実から第三引用発明の延線輪の溝がV字状溝であることは明らかである。被告らは第三引用例の第九図及び被告ら指摘の<イ>ないし<ニ>の記載をその主張の根拠とするが、前記認定のとおり第三引用例明細書には硬度が種々の弾性材料があげられており、また、送電線のV字状溝に及ぼす張力も送電線の延線の状況により変化すると推認されるから、送電線とV字状溝との係合関係はV字状溝に使用されている弾性材料と送電線の張力の大きさにより変化するものと推認され(被告ら指摘の<ハ>の記載からも上記のとおり推認される。)、したがつて右係合関係がすべての場合に右第九図のようになるものとは解されない。したがつて、右第九図及び被告ら指摘の<イ>ないし<ニ>の記載は前記認定を左右するものではなく、前記被告らの主張は採用できない。

(五) そこで、前記認定の本件訂正後発明と第三引用発明とを対比検討すると、従来の送電線延線装置の延線輪の溝が浅い円形(U字状)であつたため、送電線を延線輪に数回巻付ける必要があり、そのため送電線が傷つきやすく、装置が重くなるという欠点を解消することを目的とし、その目的を達成するために延線輪の溝を耐摩耗性弾性物質によりV字状に形成し、その摩擦力を増大させている点で両発明は軌を一にしているということができる。ただ本件訂正後発明の延線輪がシユーチエーン式であるのに対し、第三引用発明の延線輪が単一プーリー形式であることは弁論の全趣旨に照らし当事者間に争いがないが、両者は、特段の事情が認められないので、延線輪として技術分野を共通にするものということができる。

そうすると、前叙の第一、第二引用例に開示されたシユーチエーン式延線装置の延線輪の溝の形成において、第三引用例記載の耐摩耗性弾性物質によるV字状溝形成の技術を適用し本件訂正後発明の構成とすることは当業者であれば容易に発明することができたということができる。そして、本件訂正後発明の前記(a)(b)の効果はこれによつて当然予想される効果であつて、格別のものとはいえない。

以上のとおりであるから、本件訂正後発明の構成とすることが容易でないとした審決の判断は誤りであり、その余の点について検討するまでもなく審決は違法として取消しを免れない。

三 よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容する。

〔編註その一〕 本件に関する特許庁における手続の経緯は左のとおりである。

被告らは、発明の名称を「送電線(後記訂正前は線条体)延線方法及びその延線装置」とする特許(昭和四五年三月二六日特許出願、昭和五二年一月二八日特許登録、特許第八四一三三九号、以下「本件特許」という。)にかかる特許権の共有者である。本件特許発明の特許時における特許請求の範囲は、次項の本件発明の特許請求の範囲(訂正前)1、2記載のとおりである(右2記載の発明を以下「本件訂正前発明」という。)。

原告は、昭和五三年九月二六日、本件訂正前発明にかかる特許の無効審判を請求したところ(審判昭五三―一四六四七号)、特許庁は、昭和五五年八月三〇日、本件訂正前発明は進歩性を欠如すると認めて特許無効審決をした。

被告らは、昭和五五年一〇月二七日、本件特許の明細書の記載中「線条体」を「送電線」に訂正すること等を内容とする訂正審判を請求したところ(審判昭五五―一九一八二号)、特許庁は、昭和五八年九月二七日、これを認める趣旨の訂正審決をした。右訂正後における本件特許の特許請求の範囲は次項の本件発明の特許請求の範囲(訂正後)1、2記載のとおりである(以下右訂正後の特許請求の範囲2記載の発明を「本件訂正後発明」という。)。

原告は、昭和五八年一二月二三日、右訂正に対する訂正無効審判を請求したところ(審判昭五八―二五八七八号)、特許庁は、昭和六〇年一月七日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(本件審決、以下単に「審決」ともいう。)をし、その謄本は、同年二月一二日、原告に送達された。

なお、被告らは、昭和五五年一〇月八日、東京高等裁判所に対して前記特許無効審決の審決取消訴訟を提起した(昭和五五年(行ケ)第三〇〇号)ところ、同裁判所は、昭和六〇年三月二七日、前記訂正審決がされたことを理由として前記特許無効審決を取消す旨の判決をした。原告はこれを不服として昭和六〇年四月一〇日、最高裁判所に上告した。

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